母校沿革

昭和13年〜昭和30年 昭和31年〜昭和40年 昭和41年〜昭和50年
昭和51年〜昭和63年 平成元年〜平成10年 平成11年〜平成18年
平成21年〜    
昭和51年〜昭和63年
51年 1月 ラグビー部、第55回全国高等学校ラグビーフットボール大会に連続7回目の出場を遂げ、決勝戦で目黒高校を降して初の全国制覇を達成
  3月 第25・26・27期(昭和48〜50年度)卒業生寄贈の緋鍼大袖鎧一式を中央玄関に飾る
  3月 北烏山に卓球場竣工
  4月 教頭佐藤三木雄氏、副校長に就任
  4月 定時制女子部、岩崎通信機株式会社の中学卒女子社員新規不採用に伴い、第1学年の開設を停止
  12月 第2体育館建設のため水泳プール・卓球会館・三箴寮・ぎんなん寮を撤去
52年 6月 「青年の像」を本館正面玄関ピロティに移設
  6月 創立者岩崎清一氏の胸像を体育館前から本館正面玄関ホールに移設
  6月 校長佐々木周二氏の寿像を理科会館前庭に設立し、除幕式を挙行
  7月 國學院大學教授樋口清之氏寄贈の甲胃一式(銘早乙女家忠・伝旗本伊奈半左衛門着用)を2階ロビーに飾る
  10月 全校強歩大会を高尾陣馬自然公園において実施
  11月 第2学年、修学旅行コースを山陽・関西方面に変更して実施。以後、昭和57年度に及ぶ
53年 3月 ラグビー部中華民国ラグビー協会の招請により台湾に遠征
  5月 文科会館建設のため剣道場・合宿所を撤去
  5月 第3運動場(ラグビー練習場)竣工
  5月 第2体育館竣工
54年 1月 ラグビー部、第58回全国高校ラグビーフットボール大会において黒沢尻工業高校を降し、3年ぶり2回目の優勝
  2月 第1体育館、大改装工事竣工
  3月 野球部、第51回選抜高校野球大会に初出場、緒戦で敗退
  3月 定時制女子部、第9回卒業式を挙行し31日をもって廃校。卒業生総数554名
  6月 野球部第51回選抜高校野球大全に出場の記念映画「青春いまこそ」毎日映画社の制作により完成
  8月 本館校舎の改修・空調設備設置各工事完了
  10月 13日 創立35周年記念事業としての文科会館竣工。 15日 「創立者岩崎清一氏を偲ぶ会」開催。 22日 創立35周年記念式典および記念歌「久我山讃歌」発表会を挙行。 11月12日 35周年関係物故者慰霊祭を執行。 12月1日 同記念写真集『栄光への久我山』発刊
  12月 卒業記念樹による柔道場植込み改修完了し、「卒業記念庭園」と命名
55年 7月 創立35周年記念映画「君の青春のくがやま」(毎日映画社制作)完成
  10月 24日 久我山会、初期年度(第1期〜第6期)卒業生懇親会を京王プラザホテルにおいて開催
  11月 防災総合訓練を実施。本校地震対策委員会(昭和54年11月発足)編の「地震災害に備える」を作成配布
56年 4月 白山久二男教諭、教頭に就任
  5月 西館校舎北側に校地を拡大、通称「生徒広場」誕生
  8月 野球部、第63回全国高校野球選手権大会に出場
57年 4月 校長佐々木周二氏、國學院大學付属幼稚園長を辞任し、同幼稚園名誉園長に 同副園長白山久二男氏、同園長にそれぞれ就任
  4月 誉田光順氏、小林實氏、千勝三喜男氏の3教諭、副教頭にそれぞれ就任
  4月 國學院女子短期大學、北海道滝川市に開学。校長佐々木周二氏、理事に就任
  4月 世田谷区北烏山の新弓道場(鉄骨木造2階建)竣工
  6月 第2体育館、被災復旧工事竣工
  9月 「校内授業公開日」新たに設定、第1回を実施。年間4回。以後、現在に及ぶ
  10月 29日 久我山会、初期年度(第1期〜第10期)卒業生懇親会を京王プラザホテルにおいて開催
  11月 1日 國學院大學創立百周年記念祭を大學神殿において執行。 4日 同創立百周年記念式典・祝賀会を新高輪プリンスホテルにおいて挙行。 6日 同記念祝典および法人関係物故者慰霊祭を明治神宮会館において挙行、第1学年教員・生徒全員参列
58年 1月 錬成館竣工
    ラグビー部、第62回全国高校大会決勝戦において目黒高校を降し、3回めの全国制覇。 2月25日 優勝記念写真集『栄冠三たび』発刊
  3月 地質改良のための校庭の大改修工事終了、併せて校庭夜間照明灯を増設
  4月 8日 松尾三郎氏、学校法人國學院大學理事長を辞任し、小林武治氏、同理事長に就任
  7月 西2号館建設のため生徒会館・生徒別館を撤去
  7月 「校報」第300号を刊行
  10月 新食堂(西館1号)竣工、使用開始
59年 3月 第2学年、萩・津和野・広島の新コースによる西中国方面修学旅行実施
  3月 昭和60年4月の久我山中学校再開および同年度からの高等学校女子生徒募集を法人理事会において承認
  3月 17日 伊馬春部氏(本名、高崎英雄)、肺炎のため逝去、享年75歳。氏は母校創立35周年記念歌「久我山讃歌」作詞者。 28日 西2号館竣工
  4月 白山久二男教頭、中学校開設準備委員長に就任(60年4月、開設と同時に中学校主事内定)。誉田光順・小林實・千勝三喜男の3副教頭が教頭に就任
  5月 20日 増田勝善会計主任、病気のため逝去、享年68。加藤英夫、大坪公夫・中村誠の3教諭と岡本三次技術員の4氏、勤続25年で表彰
  7月 ラグビー部、初の海外遠征(ニュージーランド)。現地高校と6戦し3勝3敗
  9月 創立40周年記念行事・記念事業の内容発表。日本芸術院会員高光一也氏より油絵「ベルサイユの門」(15号)寄贈
  10月 『國學院大學久我山高等学校草創期史』『創立40周年記念誌』刊行。記念歌「久我山音頭」(作詞・岡野弘彦氏、作曲・市川昭介氏)。 19日 創立40周年に際し、関係物故者慰霊祭挙行
  11月 佐々木周二学校長、勲三等瑞宝章叙勲。國學院大學創立102周年記念式典で、山本順一・小林實両氏が30年勤続、倉田豊・上村恭仁雄・川福基之・飯塚広行・中村金作の5氏が20年勤続で表彰。
野球部、明治神宮野球大会に初出場、初優勝(決勝戦対松商学園10対1)
  12月 母校野球部を主力とする東京選抜チームが台湾遠征(須崎昭三部長以下13名)。4戦2勝2敗。ラグビー部、第64回全国高校大会出場、緒戦で報徳学園に4対16で敗退。陸上競技部、第35回高校駅伝全国大会出場、41位
60年 1月 創立40周年記念事業の一環として美術展開催(26日〜31日、於新宿センタービル内朝日生命ギャラリー)。同記念事業として総合雑誌『久我山春秋』創刊号発刊
  3月 野球部、第57回全国選抜高校野球大会2度めの出場、緒戦松商学園に2対4で敗退
  4月 1日 高校女子部(新入生157名)・中学校設置(新入生189名)、新生久我山スタート。山本順一・武井勇両氏が副教頭に就任。(山本氏は中学校副主事を兼務)。近藤芳金氏が事務長に、島田典次氏が会計課長に、蓑口清氏が庶務管理課長にそれぞれ就任。松尾三郎記念賞制定
  5月 17日 「男女雇用機会均等法」制定。
22日 野畑利栄・千勝三喜男・小松原赳・西野邦冶・林廣の5氏、勤続25年で東京都私立中学高等学校協会より表彰
  6月 全国青年の家連絡協議会と文部省との共同で研修会映画「心にひびく教室」(仮題)が制作されることになり、本校がモデル校に選定
  7月 第1回松尾三郎賞を本校野球部が受賞
  8月 斉藤雄一君(3年)、アジアインターシティー大会で1万m優勝(33分35秒)。
24日 清水勇三氏(新日本交通観光社長)脳溢血で逝去
  9月 4日 中学校グランド竣工。理科会館屋上に天体観測ドーム(直径4.5m)新設。中に15?EDマポクロマート屈折望遠鏡を設置
  10月 創立41周年記念で西2号館に南庭完成
  11月 4日 國學院大學創立103周年の記念式典で野本政明氏が勤続30年で、野畑利栄・千勝三喜男・小松原赳・西野邦冶の4氏が勤続25年で、大脇直泰・加藤明・鈴木慎三・田中久子の4氏が勤続20年で表彰。6日 ニュージーランドのウェリントン・シタデル・バンドが本校訪問コンサート
  12月 11日 皇典講究所の“発祥記念碑”を日本大学と共同で建立(千代田区飯田橋)。第36回全国高等学校駅伝競走大会で、陸上競技部が第20位(2時間11分17秒)。第2回日米高校バスケットボール親善試合に、渡辺信宏君(3年)が全日本選抜チームの一員として選ばれ活躍
61年 1月 スペースシャトル爆発事故
  2月 『久我山春秋』第2号発行
  3月 高校女子部、第1回創作ダンス発表会
  5月 23日 母校卒業生の神職関係同窓会発会式開催
  6月 水道週間東京都作文コンクールに土屋信太郎君(中学2年)が都知事賞受賞(題「神聖な水」)
  7月 第2回松尾三郎賞、陸上競技部の松本秀之君(高校2年)が受賞
  8月 玉川上水清流復活
  9月 物理・生物実験教室、階段教室の改修工事完了
  10月 永年勤続者として、佐藤三木雄氏が勤続40年で、誉田光順氏が勤続35年で、近藤芳金氏が勤続25年で、伊藤隆尚・坂田弘道・赤堀昭一の3氏が勤続20年で、北原重信氏が勤続10年で表彰
  12月 陸上競技部、第37回全国高等学校駅伝競走大会で第12位(2時間9分50秒、東京都新記録)
62年 1月 ラグビー部、第66回全国高校ラグビー大会で、4度目の全国優勝成る(決勝戦対熊谷工22対6)。 29日 優勝報告・感謝の会に於て、鈴木俊一東京都知事より月桂樹と桜の木を寄贈。『久我山春秋』第3号発行
  2月 第11期卒業生有志よりランドサット宇宙写真寄贈。第3回松尾三郎賞、中村誠氏とラグビー部が受賞。 23日 中学校生徒会が分離・独立
  3月 高校女子部テニスコート完成。クロスカントリー世界大会(ポーランド)に松本秀之君(高校3年)が出場。女子部第2学年が最初の修学旅行(14〜17日、萩・津和野・広島)。全国制覇のラグビー部に杉並区スポーツ栄誉章贈呈
  4月 1日 国鉄分割・民営化。JR誕生
12日 小林武冶國學院大學理事長、腎不全・肝不全のため逝去、享年80歳。佐々木周二学校長、学校法人國學院大學・國學院大學栃木学園の理事長に就任。母校名誉校長となる。 26日 小林武冶氏(従五位勲三等旭日中綬章叙勲)の大学葬が青山葬儀場で行われる
  5月 佐藤三木雄副校長が校長代行に就任。 20日 女子部錬成館完成。ラグビー部、財団法人東京都体育協会から、体育優良団体として表彰
  7月 レスリング練習場(烏山)竣工
  9月 本校OB、日笠山環君のご両親の労作『自然保護年鑑』が寄贈
  10月 創立43周年記念式典挙行。 19日 永年勤続者として、鈴木章之氏が勤続35年で、武井勇・伊藤英夫・中村修己の3氏が勤続30年で、中畑竜三氏が勤続25年で、奥田秀之助氏が勤続20年で、大久保正義氏が勤続10年で表彰。
20日 東京株式市場で14.9%の株価大暴落
  12月 陸上競技部、第38回全国高校駅伝競走大会で6位入賞(2時間7分38秒)
63年 1月 『久我山春秋』第4号発行。ラグビー部の渡辺敦史君(高校3年)がイングランド遠征の高校日本代表の一員に選出
  2月 24日 佐々木周二学校長退任式挙行(名誉校長に就任)。高校女子部第1回卒業式(卒業生155名)。第4回松尾三郎賞を西岡収陸上競技部監督が受賞
  3月 8〜11日 中学校1期生、伊勢・奈良・京都へ修学旅行。松本秀之君(高校3年)、2年連続日本代表として世界クロスカントリー大会出場(ニュージーランド)。13日 青函トンネル開通。 17日「久我山中学校の歌」(作詞、岡野弘彦氏・作曲いずみたく氏)発表。 24日 中学校第1期生(185名)卒業式
  4月 佐藤三木雄校長代行、第5代校長に就任。小林實・千勝三喜男両教頭、副校長に就任。山本順一・武井勇・野本政明・小松原赳の4氏、教頭に就任
  5月 本校35期卒業生、山本篤氏がチョモランマ・サガルマタ友好登山隊(日本・中国・ネパール3国合同隊)の日本隊のメンバーの一員に選出
  6月 永年勤続者として、野澤義和氏が勤続25年で東京都私立中学高等学校協会より表彰。 6日 本年度教職員研修会の要領発表(「初任者研修会」・「専任教職員研修会」・「特別研修会」) 21日 卒業生(第1期〜17期)による佐々木周二理事長・佐藤三木雄学校長就任祝賀会開催
24日 リクルートスキャンダル
  9月 17日 ソウル五輪開催
  10月 創立44周年記念式典挙行
  11月 國學院大學創立106周年記念式典挙行。中学校3年生163名による「インスタントラーメンの研究」が『毎日新聞』の家庭欄と『毎日中学生新聞』に掲載(のち『3分間のひみつ』小冊子となる)
  12月 第10回「文庫による読書感想文コンクール」(角川文化振興財団・東京新聞共催・文部省・東京都教育委員会他後援) 中学生の部で松本拓也君(1年)が優秀賞受賞。陸上競技部、第39回全国高校駅伝競走大会で第7位(2時間7分39秒)。バスケットボール部、第19回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会に出場し、2回戦で敗退
▲ページトップへ
<<前ページへ  >>次ページへ
母校の窓
学校長挨拶
母校沿革
キャンパス巡り
校歌・記念歌
 
久我山中学高等学校
久我山会掲示板